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文化と認知~文化心理学から~

外国人と出会ったとき、外見の違いはもちろん、仕草やマナーの違いに驚かせられることは多いと思います。語学を習得して、ある程度外国人とコミュニケーションをとれるようになった人ならば、「この国の人たちは私たち日本人と考え方がまるで違う」と驚いたり、ストレスを感じたり、また羨ましい、と思った事が一度はあるのではないでしょうか。

 

なぜ、ヒトは育った国、環境、文化によってこれほどまでに考え方が異なるのでしょうか?

 

これらの問いに答えるために、また異文化交流が激化する現代において、有力な見解を与えてくれるのが、筆者のお気に入り、「文化心理学」です。

 

これから数回にわたり、文化心理学の知見・研究結果を交えて、文化が人間の思考や認知に与える影響について紹介したいと思います。

 

まずは導入として、育った環境が視界に与える影響について見てみましょう。

 

 

心理学でも有名な、下の図のような錯覚を見たことはあるでしょうか。

 

(図1)右と左の縦線は、どちらが長いでしょうか?

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図1は、ミューラーリヤー錯視と呼ばれるもので、どちらの縦線も物理的な長さは全く同じなのに、ほとんどの人にとっては左の縦線の方が長く見えてしまう、という錯覚です。

 

なぜそのような錯覚が起きるのかというと, Carpentered world theory (カーペンターワールド理論)という理論で説明できます。(解釈は他にもいろいろあるみたいですが、文化差を説明するうえでこれが一番有効だと思いました。)

 

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左の絵では、上下の線の角度が下向きになっていることによって、壁のコーナーが自分のほうに向いている様子が見えます。すると、「近づいている物質なのだから、物理的なサイズよりも自分にとっては大きく見えるはずだ」という解釈のもと、賢い脳はそのズレを、サイズを縮小することによって修正しようとします。

 

逆に右の絵では、上下の線の角度が上向きになっていることによって、壁のコーナーが奥に引っ込んでいる様に見えます。すると、「遠ざかっている物質なのだから、物理的なサイズよりも自分にとっては小さく見えるはず」という解釈のもと、賢い脳がそのズレを、サイズを拡大することによって修正しようとします。

 

このようなズレを修正しようとする脳の勝手な試みから、物理的には同じ長さである図1の縦線も、左のほうが長く見えてしまうのです。

 

われわれ近代人は、大工(カーペンター)によって作られた、角ばった建物に囲まれた世界で生活しています。つまり、私たちが気が付かないうちに、「この角度ならこう見えるはずだ」という風に脳が勝手に学習していき、分かっていても騙されてしまう錯覚が起きるようになるわけです。

 

 

もう一つ例を見てみましょう。 

(図2)縦線と横線、どちらが長いでしょうか?

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図2は、垂直・水平錯視と呼ばれるもので、どちらの線も実際の長さは全く同じなのに、縦線の方が長くみえてしまう、という錯覚です。

下の図を見てみるとわかりやすいでしょう。

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横断歩道と、垂直に伸びている道路は物理的な長さは一緒です。しかし、脳の「奥行きのある垂直線は、距離が長いわけだから、実際の長さは長いはずだ」という解釈によって、奥行きのある道路のほうが長く見えるように勝手に修正されてしまうので、図2のような錯覚が起きてしまうのです。

 

これらの錯視が示唆することは、

 

人間の認知や視覚は、現実を正確に反映しているものではなく、経験や学習に基づいて、かなり積極的に、能動的に世界を捉えようとしている。」ということです。

 

 

そして、1905年に、リバーズという研究者がこれらの図を使って面白い研究をしました。

 

リバーズは上の二つの図を、イギリス人、田舎に住むインド人ニューギニア人に見せて、それらの回答を比較しました。

 

すると、

図1のミューラーリヤー錯視においては、イギリス人の方がインド人とニューギニア人よりも錯覚しやすかった」という結果が得られました。

 

なぜでしょうか?

カーペンターワールド理論によると、

イギリス人は、角ばった建物に囲まれている近代的な環境で育ってきたので、脳にそのように視界を解釈をする癖がついていた。反対に、そのようなビルの全くない環境で育ってきたインド人とニューギニア人には、そのように視界を解釈する機能が脳に備わっていなかった。」と言えます。

 

さらに面白いことに、図2の垂直・水平錯視において比較してみると、インド人とニューギニア人の方がイギリス人よりも錯覚しやすかった」という結果が得られました。

その理由はおそらく、「インド人とニューギニア人の育ってきた非近代的な環境では、水平線を遮る建物などがないため、より奥行きのある景色に触れる機会が多い。だから、奥行きのない近代化した環境で育ってきたイギリス人と比べて、錯覚に陥りやすかった」と言えます。

 

これらの研究結果を踏まえると、

  • 私たちの脳や視界は、学習や経験によって、積極的に解釈しようとしている。
  • そのような学習や経験は、無意識に行われる。
  • 私たちの視覚・認知は、育ってきた環境によって大きく異なる可能性がある。
  • 一度学習した癖は、分かっていても取り除くのは難しい。

というようなことが言えるのではないでしょうか。

 

リバーズの研究は、普遍的とも言われていた無意識・機械的に判断されるはずの視覚と認知といった機能ですら、文化に左右され得るという点で、強力なメッセージを秘めていると思います。

 

他にも、文化心理学の研究領域は感情の感じ方の違い、理由づけの違い、価値観の違い、性格の違い、意思決定の違い、幸福のとらえ方の違い、など広範囲にわたります。これらの領域については、徐々にシェアしていこうと思います。

 

補足ですが、私たちは多文化からやってきた人たちと比べようとすると、どうしても違いに注目しがちですが、全世界共通の、普遍的な部分も私たちは共有していることもまた忘れるべきでない事実です。このことについても、徐々にアップしていこうと思います。

 

異なる文化的背景を持つ外国人と出会ったとき、共有している物理的空間は一緒のはずなのに、育ってきた環境によって、お互いの目に映っている「当たり前」ものは実は大きく異なるかもしれない。そのことに気づいていれば、お互いをより深く理解できる第一歩になるかもしれません。

 

 

Kodai